2014年3月11日火曜日

3.11

3年経ちました

この3年間に私が生まれた町、田老に帰ったのは1回


祖母が9年前に亡くなってから、帰る機会が全くなくなり

親戚関係も疎遠になったりで、もう帰ることはないのかな…
と思っていたけど

まさかあんな震災が起きるなんて


田老観光ホテルが震災遺構になりました

あちらのホテルには2回くらいかな、宿泊した事があるし、
1階の売店だけ見に行ったり…

玄関外には水槽があって、地元で取れた魚介類がいたり

ホテルで頂いたタコしゃぶがおいしかったこととか、
祖母や母と温泉入らせてもらったりとか

田老は民宿が多いなか、ホテルが出来るって聞いた時は凄いな〜って

出来たら、とても立派で綺麗で何より田老に高いビルが出来たから、凄い!


結構覚えているものです

震災前のしかも結構前の記憶でしかないけど、町並みは覚えている


今はテレビ越しで、住んでいた家とか全くなくなっているけど


時間が止まってしまっている

前向きな気持ちって、いつまでもキープするのは難しい気がするね

とくに年配の方とか大変だろう


かなりゆっくりゆっくりと復興が進んでいるようだけど、

どうか田老の皆さん、他の被災地の皆さんに少しでも明るい希望や光が降り注ぎますように。


私に出来ること?

とにかく来月、我が子を元気に産んで
少し大きくなったら一緒に田老に帰って、祖母、祖父のお墓参りをして

震災前はどんな町で、震災ではどんな事が起きて今に至るかって話をしてあげたいな

私も小さい頃、祖母から昔の津波の話を聞いていたから

ちゃんと伝えてあげなきゃ

2014年3月9日日曜日

関東大雪デー

もう3月!!
来月はもう出産予定の月ではないか!!!


33週目に入りましたが、我が子は元気に私のお腹を連続キックしてきます…
いやキックと言うより、子宮の壁をこすり蹴る感じですかね…ズリズリっと
穴が開くんじゃないかとハラハラしますが、大丈夫なもんなんですね〜


にしても、2月の大雪は凄かった…
まさか遭難者になりかけるとは…


あの日は世の中はバレンタインデー
私の予定は産婦人科の健診
そして母から出産前に行けと言われていた厄除けの日

天気予報では雪がちらつく程度とか…
朝起きて外を見ると、積もりそうではないけど雪は降っている

旦那と相談の上、車はやめて最寄り駅からバスで病院に向かうことに

しかしバス停には人が溢れ完全に座れない…ちょっときついので
タクシーをだいぶ待って病院へ到着

診察はいつも通り無事に終了

で、問題はここからですよ

雪の降り具合は朝より増しているような?

さて、雪の降るなか厄除けで神社に向かうかどうか

とにかくバスは時刻表通りには走っていない

もう帰れば良いものを、この極寒の雪の中、タクシーに乗り神社へ向かうバカな夫婦


神社は雪の中、とても幻想的でしたよ

厄除けは室内だったので助かりました

しかし明らかに足元には20センチ近くの積雪が…

何故か時刻表を信じてバス停でひたすら待ちました…
バスどころか車の数も減っている

チェーン着けても走れなそうな道路…

ハッピーターンみたくふんわりと柔らかく雪がはりついた時刻表…
あたりは暗くなる…


いや!!これはバスは来ないぞ!!
と遅くも気付いた

そこから20〜30センチの積雪をかき分けながら駅に向かう…が、8ヶ月目の妊婦、寒さでお腹が張る
転ばないように歩くことで、お腹に力が入るのかカチカチに張ってしまう


ふと、自分達が歩いている地区が旦那の友達の家近くだと気づく!

はー助かった〜(ToT)

頑張って暗い雪道を友達宅まで歩き、休憩させて頂く

十分体が温まったところで、駅へ向かうが、吹雪いていた

結局電車は止まり、バスは走らず…
なぜ私達は厄除けを延期しなかったのか…


また友達の家にお邪魔しました。


しかも2泊もさせて頂きました(*_*)
なぜなら翌日も交通機関がマヒ
帰れませんでした


2日間、友達夫婦にお世話になりまくりましたよ
その節はありがとうございました(*´∀`)


友達って大切ですね、ありがたいですね

雪の中、立ち往生してる車は周りの人が助けていました

青森に居た頃を思い出すな〜


人のあたたかさに触れた2日間でした